大日本印刷株式会社

印刷通信・情報

新たなビジネスを創出して「第三の創業」に貢献したい。

入社以来、全く経験のなかったシステム開発に始まり、工場の新設にともなう建屋の設計、設備配置、物流システムの構築など未来の分野への挑戦を経て、経営工学という学問領域に出会った小澤英之さん。企業内のあらゆる作業を効率化・省力化して生産性の向上に貢献する経営工学の面白さに惹かれて、生産革新研究所の設立を実現。2019年から所長として研究所の指揮を執っている小澤さんの、変化に富んだキャリアについて語ってもらった。

さまざまな業務を経験するなかで、追求すべきテーマに巡り会えた。専門生に固執せずに自らの可能性を広げよう

 ものづくりに関わる仕事に就きたいと思っていたので、就職活動の時には家電や自動車のメーカーを志望していました。しかし、希望する企業はみんな門が狭く、学校推薦の枠も早々に埋まってしまいます。思うように就活が進まず悩んでいるところへ、教授から勧められた会社が大日本印刷だったのです。印刷業界は視野に入っていなかったため、大日本印刷については全く企業研究をしていませんでした。でも、研究室の先輩が就職していたので、さまざまな分野の事業を展開していることは知っていました。そのためこの会社なら、自分の専攻や興味を生かした業務があるはずだと考えたのが入社の決め手になりました。
 今自分のキャリアを振り返ってみると、未知の世界への挑戦の連続でした。研究していた静電気に関連する業務は一つもありません。だから、私は若いうちに広く浅く、多くの仕事を経験した方がいいと思います。社会に出て、仕事をするなかで、それまで思いもよらなかったテーマや追及すべき学問の領域が見つかるかもしれません。私が経営工学に出会って生産革新研究所を設立できたのも、大日本印刷でさまざまな業務を経験し、手を上げれば挑戦させてもらえる環境に恵まれたからです。大日本印刷へ入社したことは、私にとっての最適な選択だったと思っています。

初めてのシステム開発で味わったのは、成果を実感できる喜びとやりがい。半年間でプログラミングのスキルを獲得

 入社後の配属希望では、基礎研究部門ではなく事業の現場に近い設備の開発設計を行う部門を選びました。でも、配属されたのはシステム設計開発部です。私が入社した頃の研究所では、生産設備を自動化するIT関連の技術開発を推進していたことから、3ヶ月の工場実習を終えてすぐに、先輩と2人で半年後に立ち上げが決まっているシステムの開発を担当することとなりました。それまでにソフトやアプリを開発した経験はなく、プログラミングに使う言語の知識もほとんどない状態でした。なんとか見よう見まねで一から勉強して完成させ、導入する京都の工場に持って行ったのです。そのプログラムを組み込むのは、お菓子のパッケージの不良品を取り除く作業を自動化して、生産効率を上げるための設備でした。納品した後でスケジュール通りに開発が間に合ったと安心したものつかの間、プログラムにバグがあったらしく、ある動作をすると機械が止まってしまうという事態が発生しました。長時間にわたって止まれば、工場全体の生産量が影響を受けてしまいます。昼夜を通して動く工場だったので、先輩と二人で交代制にして工場に詰めていました。システムが安定して、トラブルを起こさなくなったのは3ヶ月後のことです。初めての開発で苦労はしましたが、工程の自動化はすぐに数字に表れるため成果がわかりやすく、大きなやりがいと喜びを得られる仕事でした。

トレンドに先んじて業務改善の先鞭をつけたことの自負と誇り。工場の立ち上げで得た、多くの知見

 その後、倉庫の管理にICタグを活用するシステムの開発などを手がけて、一通り開発のスキルは身に付いたものの、自分にシステムは向いていないのかもしれないと思うようになりました。そのタイミングで北九州市に工場を新設することとなり、工場全体のシステムを開発するチームへの参加を志願したのです。設備の配置から物流、CADを使った建屋の設計まで、全く新しい業務への挑戦で毎日が刺激の連続でした。現地に1年半滞在して、ゼロから工場を立ち上げる中で、多くの知見を獲得したことは、本当に得難い経験だったと思います。
 新しい工場を建てる際には、最新鋭の設備を導入して省力化をはかり、優れた生産効率を発揮できるようにしたいと考えます。しかし、設計にあたっては、予算やスケジュールなどの制約を考慮しなければなりません。その上で、原料が工場に入るところから製品として出て行くところまで機器の配置や動線を含めて設計する必要があります。その後、いくつもの工場の立ち上げに関わり。何十人も昼夜交代制で人が作業していた工程を、ほとんど人手をかけずに済むように自動化しました。今では当たり前に思えるかもしれませんが、当時としては画期的な業務改善です。それを推進して業績に貢献できたことを、誇りに思っています。

前者の目標や戦略に関わりながら、さらなる成長のために業務を拡張。生産性向上から新ビジネスの創出へ

 いくつかの工場を立ち上げた後、手書きの帳票を電子化する仕組みや、紙ベースで保存されていた研究所の成果や実績をデータ化して簡単に検索できるナレッジ情報システムの開発に取り組みました。DX(デジタルトランスフォーメーション)の先駆けといえるかもしれません。
 2008年の発足と同時に、私の異動したエンジニアリング開発部は、IE(Indurtrial Engineering)と呼ばれる工程の最適化、導入するための部署です。ここで、私は経営工学を初めて知りました。その面白さに夢中になり、後に技術士(経営工学)の資格を取得し、大学の博士課程で学んだほどです。
 経営工学の視点による生産現場の改善が大きな成果を上げたことから、私は当時の部長と新たな研究所を立ち上げる提案をしました。その提案が認められて2011年に設立されたのが、いま私が所長を務めている生産革新研究所です。20名でスタートした研究所は120名を超える大規模な組織になりました。国内外の工場に限らず、営業や企画など社内のあらゆる業務の効率化を推進し、事業計画や経営戦略の一端を担っています。今後の目標は、さらに業務の範囲を拡張して行くことです。社内のさまざまな事業と、AIやロボットなど最先端のICTを組み合わせて新たなビジネスモデルを創出し、第三の創業に貢献していきたいと考えています。

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